タピオ・ヴィルカラ展を企画するにあたり、どうしてもフィンランドから持ってきたいものがありました。それは、ドアです。そのドアは、1950年代、タピオがヘルシンキに自身の事務所を設けたとき、もともとあった両開きのドアを加工したもの。タピオが亡くなった後、ご家族の住居に移設され、現在もお孫さんのフラットで使われています。
「タピオのドア」の存在は知っていました。タピオの長女で美術家のマーリア・ヴィルカラが、アテネウム美術館で写真展「8 EXPOSURES – NEW VIEWS ON TAPIO WIRKKALA」(2015年)をキュレーションしたとき、冒頭でこのドアを展示したのです。私は実物を見たわけではなく、マーリアが写真を送ってくれたのだと思いますが、そのイメージがなぜか強く心にありました。
実物を見たのは、2019年秋。ヘルシンキでお孫さんのフラットに寄らせてもらったときです。玄関の先に、突然、あのドアが目の前に現れて、思わずその場で立ち尽くしました。まるでタピオに遭遇してしまったかのような、驚きと、嬉しさと、懐かしさのようなものが入り混じり、その日はずっとドアを眺めたり、さすったり。もしかしたら、お孫さんは気味悪く思ったかもしれません。
ヴィルカラのドアは、写真で見たよりもずっと大きく、素朴で温かくて、松の甘い香りがほのかに残っていました。一見ランダムに積みあげたような木のブロックは、よく見ると、木の反りや性質も計算され、隙間なく精緻に配置されています。
そして両開きのドアが閉じると、テーパーにカットしたブロックが重なって、一面の「木の壁」になってしまうのです。マーリアは、「当時タピオはあまりに忙しくて、ときどきドアの向こうに隠れてしまったの。訪れたお客さんが困っていると、ひょこっと現れて驚かせていた」と笑いながら説明してくれました。
ドアのスタディと思われる、積み木かパズルのような模型も残っていて、これをつくるために研究を重ねたことがわかります。おおらかさと繊細さ。有機的なかたちと幾何学。タピオを知る人はだれもが、彼のなかにある二面性を指摘します。そして、その相反するものをつないでいるのが、ユーモアと遊び心。このドアは、タピオ・ヴィルカラそのものを象徴しているように感じました。展覧会の冒頭、これから始まる旅の入口で、お客様を迎えるのにふさわしいのではないか、と考えたのです。

Itami City Museum, 2025