カテゴリー: PROJECTS

  • 巨大な空間絵本

    10月7日、絵本作家きくちちきさんの展覧会がPLAY! MUSEUMで開幕しました。2022年頃から企画を構想し、2023年3月にちきさんのアトリエにお邪魔して「展覧会をやりませんか」とお話をさせていただいてから、約4年。すべてのプロセスがとても楽しいプロジェクトでした。

    私はもともとちきさんのファンですが、プロジェクトを通じてさらに大ファンになりました。「本当に良い展覧会ができました」と自信をもってお客様にお届けできる、そんなプロジェクトを立ち上げていただき、開催してくださったブルーシープとPLAY! MUSEUMに心から感謝を申し上げます。

    なぜ、今、きくちちきさんの展覧会なのか。

    まず、ひとつは、ちきさんが描く絵本世界を「今を生きている、すべての皆さんに見てもらいたい」と思ったからです。

    私は絵本に詳しいわけでも、大の絵本好きというわけでもありません。だいぶ大人になってから、初めて自分のために買った絵本が、きくちちきさんの絵本でした。ちきさんの絵や本の装丁が「すてきだな」と思って、“もの”として手元に置いてみたくなった、というのが正直なところです。

    1冊目は『しろとくろ』だったと思います。

    読んでみると、おはなしは普遍的なテーマで、子どもだけでなく大人にも響く。読む人によっていろいろな解釈ができ、さまざまな経験をした大人だからこそ味わえる趣きというものがあり、すっかり気に入ってしまいました。その後、新刊も中古の絶版本も手当たり次第に集めて、ちきさんの絵本世界にどっぷりハマっていきました。

    生きづらく、幸せを感じにくいと言われる現代の日本で、ちきさんの絵本を通して、ささやかな心のやり取りや、誰かに委ね守られる安心感を思い出すことができる。こんな自分でも生きていていい。私が生きていること、誰かと一緒に生きていることはすてきなことなんだ、と思うことができる。読めば読むほど、ちきさんが描く「今を生きるよろこび」に共感したり、揺さぶられたり、癒されていきました。

    ちきさんの絵本原画を見るため、各地のギャラリーに足を運びました。高円寺の書店「えほんやるすばんばんするかいしゃ」で、『くろ』(講談社)の原画を見たとき、想像していたよりもずっと原画が大きく、勢いよく流れるように、のびのびと走る筆致が印象的でした。「ちきさんの絵本原画を、美術館の空間いっぱいに展示できたら、すごい迫力だろうな」と思いました。

    たとえば美術館の空間そのものをひとつの大きな絵本として見立て、お客様がその“絵本”のなかに入り込んでいくような展覧会ができたら、きっと楽しいだろうな。ちきさんもそんなイメージを気に入ってくださって、高さ3メートル、全長約60メートル、前代未聞の空間絵本「いきものRhapsody」が誕生しました。

    展示室の入口に設けられた巨大な”表紙”をくぐり抜けると、そこには洞窟のような壁画の空間が広がっています。

    見方は自由です。30点の絵に囲まれる迫力に圧倒されたり、好きな絵の前で座ってじっくり思いを巡らせたり。空間の中央には、ちきさんがチェーンソーでつくった木彫が置いてあって、クスノキの芳香が広がっています。

    私の場合は、1点1点の絵の前に立って、そこに描かれているいきものたちの躍動と、ことばを心の声に出しながら、読み進めていきます。すると、ある絵の前で必ず涙がこぼれてくるのです。悲しいわけでも、うれしいわけでもない、ただ静かに、私という人間(いきもの)の、自分でも気づかなかった奥底の何かに触れるのです。

    この感覚やスケール感は写真では伝わらないと思います。ぜひ会場で、ちきさんの絵とことばと向き合い、ご自身だけのなかに現れてくる感情を味わってみていただけたらうれしいです。

    そしてなにより、そのようなすばらしい作品をつくりあげた、きくちちきさんは本当にすごい作家です。その存在を、一人でも多くの方に知っていただきたいです。

  • 扉よ、ひらけ

    タピオ・ヴィルカラ展を企画するにあたり、どうしてもフィンランドから持ってきたいものがありました。それは、ドアです。そのドアは、1950年代、タピオがヘルシンキに自身の事務所を設けたとき、もともとあった両開きのドアを加工したもの。タピオが亡くなった後、ご家族の住居に移設され、現在もお孫さんのフラットで使われています。

    「タピオのドア」の存在は知っていました。タピオの長女で美術家のマーリア・ヴィルカラが、アテネウム美術館で写真展「8 EXPOSURES – NEW VIEWS ON TAPIO WIRKKALA」(2015年)をキュレーションしたとき、冒頭でこのドアを展示したのです。私は実物を見たわけではなく、マーリアが写真を送ってくれたのだと思いますが、そのイメージがなぜか強く心にありました。

    実物を見たのは、2019年秋。ヘルシンキでお孫さんのフラットに寄らせてもらったときです。玄関の先に、突然、あのドアが目の前に現れて、思わずその場で立ち尽くしました。まるでタピオに遭遇してしまったかのような、驚きと、嬉しさと、懐かしさのようなものが入り混じり、その日はずっとドアを眺めたり、さすったり。もしかしたら、お孫さんは気味悪く思ったかもしれません。

    ヴィルカラのドアは、写真で見たよりもずっと大きく、素朴で温かくて、松の甘い香りがほのかに残っていました。一見ランダムに積みあげたような木のブロックは、よく見ると、木の反りや性質も計算され、隙間なく精緻に配置されています。

    そして両開きのドアが閉じると、テーパーにカットしたブロックが重なって、一面の「木の壁」になってしまうのです。マーリアは、「当時タピオはあまりに忙しくて、ときどきドアの向こうに隠れてしまったの。訪れたお客さんが困っていると、ひょこっと現れて驚かせていた」と笑いながら説明してくれました。

    ドアのスタディと思われる、積み木かパズルのような模型も残っていて、これをつくるために研究を重ねたことがわかります。おおらかさと繊細さ。有機的なかたちと幾何学。タピオを知る人はだれもが、彼のなかにある二面性を指摘します。そして、その相反するものをつないでいるのが、ユーモアと遊び心。このドアは、タピオ・ヴィルカラそのものを象徴しているように感じました。展覧会の冒頭、これから始まる旅の入口で、お客様を迎えるのにふさわしいのではないか、と考えたのです。

    Itami City Museum, 2025