カテゴリー: ESSAY

  • 好きの集まり

    私は、展覧会を物語化するために大切なことは、制作者としていかに作家・作品に近づけるかだと思っています。つまり、リサーチと取材です。

    現存作家であれば、直接会って話を聞くことができるので、本人のこと、作品のことについて、とことん取材をします。できるだけ暮らしや制作環境に触れ、どのように作品が生まれるのかを目の当たりにします。その上で、今の時代にその作家を紹介する意義について考え、どんな展覧会にしようかと相談しながら、一緒につくっていきます。

    故人の作家であれば、その人物を知る家族や関係者に話を聞きます。当時の時代性や社会背景、その作家がどのような人生を歩んだのか、どのような状況で作品が生まれたのか。事実に基づき、想像力を働かせて、できるだけ解像度高くその存在をイメージし、制作のメンバーと共有していきます。

    そのとき、もうひとつ大切なのは、自分がまず作家のファンになっていくことです。もちろん企画の経済性や社会性も考えなければいけませんが、まず制作者自身がその作家を好きになること。「私(たち)は誰にも負けないファンなんだ」と自負して初めて、その展覧会で伝えるべき物語がどのようなものかが見えてくるような気がします。

    展覧会は、多くの人たちが関わってつくられていきます。その基盤を支えているのは、プロジェクトに関わるひとりひとりの想いとリスペクトです。それぞれの「好き」と「おすすめ」が積み重なっていった先に、会場でそれを受け取ってくださるお客様(ファンの皆さん)との交歓があります。

    良い展覧会というのは、つくるひとも、見るひとも、みんなの「好き」が集まってできていくもの。私は、そう信じています。

  • 扉よ、ひらけ

    タピオ・ヴィルカラ展を企画するにあたり、どうしてもフィンランドから持ってきたいものがありました。それは、ドアです。そのドアは、1950年代、タピオがヘルシンキに自身の事務所を設けたとき、もともとあった両開きのドアを加工したもの。タピオが亡くなった後、ご家族の住居に移設され、現在もお孫さんのフラットで使われています。

    「タピオのドア」の存在は知っていました。タピオの長女で美術家のマーリア・ヴィルカラが、アテネウム美術館で写真展「8 EXPOSURES – NEW VIEWS ON TAPIO WIRKKALA」(2015年)をキュレーションしたとき、冒頭でこのドアを展示したのです。私は実物を見たわけではなく、マーリアが写真を送ってくれたのだと思いますが、そのイメージがなぜか強く心にありました。

    実物を見たのは、2019年秋。ヘルシンキでお孫さんのフラットに寄らせてもらったときです。玄関の先に、突然、あのドアが目の前に現れて、思わずその場で立ち尽くしました。まるでタピオに遭遇してしまったかのような、驚きと、嬉しさと、懐かしさのようなものが入り混じり、その日はずっとドアを眺めたり、さすったり。もしかしたら、お孫さんは気味悪く思ったかもしれません。

    ヴィルカラのドアは、写真で見たよりもずっと大きく、素朴で温かくて、松の甘い香りがほのかに残っていました。一見ランダムに積みあげたような木のブロックは、よく見ると、木の反りや性質も計算され、隙間なく精緻に配置されています。

    そして両開きのドアが閉じると、テーパーにカットしたブロックが重なって、一面の「木の壁」になってしまうのです。マーリアは、「当時タピオはあまりに忙しくて、ときどきドアの向こうに隠れてしまったの。訪れたお客さんが困っていると、ひょこっと現れて驚かせていた」と笑いながら説明してくれました。

    ドアのスタディと思われる、積み木かパズルのような模型も残っていて、これをつくるために研究を重ねたことがわかります。おおらかさと繊細さ。有機的なかたちと幾何学。タピオを知る人はだれもが、彼のなかにある二面性を指摘します。そして、その相反するものをつないでいるのが、ユーモアと遊び心。このドアは、タピオ・ヴィルカラそのものを象徴しているように感じました。展覧会の冒頭、これから始まる旅の入口で、お客様を迎えるのにふさわしいのではないか、と考えたのです。

    Itami City Museum, 2025

  • 展覧会は劇場

    タピオ・ヴィルカラの親友で、フィンランドの著名な建築家・研究者であるユハニ・パラスマーさんが90歳になられた、という喜ばしい知らせがありました。

    かつてヴィルカラが監修した最後の本(1980年代はじめに、モスクワで開催した個展の図録)をブルーシープ社で復刻することになり、当時原本の編集とデザインを手がけたパラスマーさんに話を伺ったことがあります。

    長きにわたり、ヴィルカラの近くでその仕事ぶりを目の当たりにしてきたパラスマーさんの、示唆に富んだ分析と視点には学ぶことが多く、もしも日本でヴィルカラの展覧会を実現することができたら、ぜひ取り入れていきたいと心に決めたものです。

    なかでも特に心に残っているのが、「展覧会は劇場である」という言葉でした。

    展覧会のキュレーションや展示デザインも手がけるパラスマーさんは、「図録を大きくしただけのような展示ではおもしろくないからね」と茶目っ気たっぷりにおっしゃいました。

    劇場、劇、ドラマ。

    高校時代、60年代のアングラ演劇に傾倒し、大学でも演劇を学んだ私にとって、その言葉はあまりに思いがけず、「まさか、ここでつながるとは」と驚きながらも、自然な納得感をもって受け止めました。

    確かに、展覧会を鑑賞するという体験は、お客様にとって始めと終わりのある旅、時間芸術でもあります。作家の回顧展であれば、展示室に足を踏み入れた瞬間から、その作家のルーツをたどり、キャリアを追体験していくことが多い。作品には作家の人生が映し出されていて、その人と周辺を知ることで、作品も、より深く、より身近に感じられるようになるでしょう。

    お客様が鑑賞を楽しまれるのは、作品そのものだけではなく、その向こう側に広がっている人間のドラマ、物語なのです。

    私は、デザイン展もそうありたいと思っています。

    タピオ・ヴィルカラの展覧会を企画したときも、すばらしいデザインの数々を展示することはもちろん、それらが生み出された背景、それを生み出したヴィルカラという人間、生き方・考え方、つまりは物語に光を当てたいと考えました。その部分にこそ、没後40年、時代も環境も大きく変わった現代に向けて投げかけるべきメッセージが潜んでいる、と感じたからです。

    作品を並べるだけではなく、展示室という空間のなかで、ひとりの人間とその仕事をどう物語るのか。パラスマーさんの言葉は、いまも展覧会を企画するときの、ひとつの大切な指針になっています。

    ‘TAPIO WIRKKALA’ by Bluesheep 2021
    ©Kei Maeda