タピオ・ヴィルカラの親友で、フィンランドの著名な建築家・研究者であるユハニ・パラスマーさんが90歳になられた、という喜ばしい知らせがありました。
かつてヴィルカラが監修した最後の本(1980年代はじめに、モスクワで開催した個展の図録)をブルーシープ社で復刻することになり、当時原本の編集とデザインを手がけたパラスマーさんに話を伺ったことがあります。
長きにわたり、ヴィルカラの近くでその仕事ぶりを目の当たりにしてきたパラスマーさんの、示唆に富んだ分析と視点には学ぶことが多く、もしも日本でヴィルカラの展覧会を実現することができたら、ぜひ取り入れていきたいと心に決めたものです。
なかでも特に心に残っているのが、「展覧会は劇場である」という言葉でした。
展覧会のキュレーションや展示デザインも手がけるパラスマーさんは、「図録を大きくしただけのような展示ではおもしろくないからね」と茶目っ気たっぷりにおっしゃいました。
劇場、劇、ドラマ。
高校時代、60年代のアングラ演劇に傾倒し、大学でも演劇を学んだ私にとって、その言葉はあまりに思いがけず、「まさか、ここでつながるとは」と驚きながらも、自然な納得感をもって受け止めました。
確かに、展覧会を鑑賞するという体験は、お客様にとって始めと終わりのある旅、時間芸術でもあります。作家の回顧展であれば、展示室に足を踏み入れた瞬間から、その作家のルーツをたどり、キャリアを追体験していくことが多い。作品には作家の人生が映し出されていて、その人と周辺を知ることで、作品も、より深く、より身近に感じられるようになるでしょう。
お客様が鑑賞を楽しまれるのは、作品そのものだけではなく、その向こう側に広がっている人間のドラマ、物語なのです。
私は、デザイン展もそうありたいと思っています。
タピオ・ヴィルカラの展覧会を企画したときも、すばらしいデザインの数々を展示することはもちろん、それらが生み出された背景、それを生み出したヴィルカラという人間、生き方・考え方、つまりは物語に光を当てたいと考えました。その部分にこそ、没後40年、時代も環境も大きく変わった現代に向けて投げかけるべきメッセージが潜んでいる、と感じたからです。
作品を並べるだけではなく、展示室という空間のなかで、ひとりの人間とその仕事をどう物語るのか。パラスマーさんの言葉は、いまも展覧会を企画するときの、ひとつの大切な指針になっています。

‘TAPIO WIRKKALA’ by Bluesheep 2021
©Kei Maeda