10月18日は、ルート・ブリュックの110回目のお誕生日でした。
10年前の2016年の春にフィンランドに行き、エスポー近代美術館(EMMAに)で生誕100周年展の準備室を“たまたま”視察したことがきっかけで、日本で初めてのルート・ブリュック展につながりました。10年というのは長いようで短い。今でも、EMMAの準備室にところせましと並べられた、目を見張るようなセラミック作品との出会い、そして、ルートの娘で、美術家のマーリア・ヴィルカラとの出会いを、昨日のことのように思い出します。そこから続くタピオ・ヴィルカラ展まで、奇跡のような出会いと思いの連鎖によって、なんとか道が切り拓かれてきた10年でした。
実現できたことの裏側で、力不足でできなかったこと、悔やまれることも同じくらいあります。多くの方に助けていただきながら、決して、関わってくださった全員が笑顔だったわけではないのです。フィンランドの知られざる至宝を日本で初めて紹介するという使命感を胸に、ひとつひとつの峠を登り、登った先にまた別の峠が現れるという日々で、正直、まわりの風景を楽しむ余裕などありませんでした。
一方、私個人にとっては、花の妖精かお姫様のように、可憐で繊細な感受性でひらひらと羽ばたく芸術家であったルート・ブリュックの面影を、ひたすら追い求めていく旅でもありました。展覧会の企画制作としてはそこまでしなくてもいいのですが、プライベートで、フィンランドのヘルシンキやタンペレ、イナリはもちろん、ルートにとって心の故郷であったイタリアのフィレンツェやヴェネツィアにも行きました。ヘルシンキを訪れるたびに必ず立ち寄る市庁舎では、巨大なレリーフ《City in the Sun》の前に立って、言葉のない会話をするのは至福の時間でした。
ルート・ブリュックさん、お誕生日おめでとう。私はこれからも、もっともっと、あなたを追いかけていきたいのです。まだ、この目で見ることのできていない、どうしても見たい晩年の大作があって、その前に立つまでは、私の旅は終わらないのだと思います。
